Wikipedia:井戸端
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[編集] カテゴリの「上位」「下位」とは何を意味するのか
現在WikipediaではCategory:主要カテゴリを頂点とするヒエラルキー構造を持ったカテゴリ群によって各項目を分類しています。私はこうした分類において上位カテゴリは下位カテゴリの内容を包含するものだと理解していたのですが、実際の運用では必ずしもそのようにはなっていないようです。しかしカテゴリ相互の上下関係が包含関係を意味しないのだとすれば、カテゴリ全体の構造は順序集合の三つの公理を満たさなくなり、「上位」や「下位」といった概念自体が意味をなさないものになってしまいます。
この種の分類というのは論理的な整合性を確保しておかなければ却って混乱が生じる元であり、私としてはいい加減にやるくらいならむしろ何もしない方がましだと思っています。もちろん世界に存在する森羅万象を取り扱う百科事典である以上判断に苦慮する境界線上の事象も必ず生じますので集合論的な意味での厳密さを要求するべきではありませんが、こうした分類が項目の内容の理解を深めるものであるためには(比喩的な表現を用いるなら)測度ゼロの例外を除いて上位カテゴリが下位カテゴリを包含するようになっているべきだと思うのですが。
少なくとも私には「クラシック音楽家> ピアニスト > ジャズピアニスト」という並びは気持ち悪くて仕方ありません。このあたりについてみなさんはどのようにお考えでしょうか。よろしければご意見をお聞かせ下さい。(なおこうしたことを考えるきっかけになったのはノート:ターヤ・トゥルネンにおける議論です。初めの方は取り敢えずここで議論したいのとは別の論点ですので、アルビレオさんの7月1日付のご発言くらいから後を参照して下さい。)--sergei 2008年7月16日 (水) 14:00 (UTC)
- 必ずしも完全な包含関係を強いるものとは思いませんが、しかし奏者の分類であるピアニストの上位にジャンルの分類であるクラシック音楽家が置かれるのは変だと思います。ピアニストの下位には現代音楽のピアニストもありますし。この場合は例えばクラシックピアニストのようなカテゴリを設け、クラシック音楽家およびピアニストの下位カテゴリとする(クラシック音楽家∧ピアニスト)とするのが適切だと思います。- NEON 2008年7月16日 (水) 14:41 (UTC)
- 何かおかしいと思えば、修正すれば良いと思います。カテゴリ論ならWikipedia:カテゴリの方針等があります。(英語版ではピアニストの下位にあるCategory:分野別のピアニストにクラシックやジャズなど(下位18カテゴリ)を含んでいるようです。)--Frozen-mikan 2008年7月16日 (水) 14:59 (UTC)
- ご意見ありがとうございます。取り敢えずもう少し様子を見て、自分の感覚があまりにコミュニティーの総意からかけ離れているというわけではないことが確認できたらCategory:ピアニストから変更を行っていこうかと思います。--sergei 2008年7月17日 (木) 12:02 (UTC)
- Sergeiさんはウィキペディアのカテゴリの一般論の話をしたいのでしょうか、それともCategory:ピアニストについての各論の話をしたいのでしょうか? タイトルでは一般論の話のようですが、お書きになった内容では各論の話をしようとされているように読めます。実際にNEONさん、Frozen-mikanさんは各論の話だと受け止められたようです。
- 私の指摘は、一般論としてカテゴリの上下関係は、直接その上下のカテゴリだけで考えるべきであり、上下関係を集合のような包含関係として考えるべきではないということです。具体例として、「地理 > 都市」と「都市 > 都市伝説」のカテゴリ上下関係はそれぞれ成立する一方、それを組み合わせた「地理 > 都市伝説」は成り立たない(がそれで問題ない)を提示しています。
- 各論の話であれば、あくまで個々のカテゴリで考えることであり、おかしいところはどんどん修正していけば良い話です。ピアニストについては、修正すべきほどのものとは思いませんが、修正することに反対はしません。--アルビレオ 2008年7月17日 (木) 23:24 (UTC)
- 一般論としては形式概念分析が示す様に束論でとらえられる問題であって、推移律を期待するのは妥当だと思います (それが概念としてのカテゴリなら)。各論になりますが、「都市 > 都市伝説」というカテゴライズは概念としては不適切であって、むしろ推移律が成立していないカテゴライズについて妥当なカテゴライズになっているかどうか検証すべきでしょう。その意味で、推移律は検証手法の一つと考えることができます。--Jms 2008年7月17日 (木) 23:44 (UTC)
- とりあえず各論の方が先に片付きそうだったので、そちらに言及しました。一般にカテゴリの上下関係について、カテゴリの方針において "ウィキペディア全体を意識した一貫性や無矛盾性" が要求されているところ、Jms氏が述べている推移律の充足を考慮すべきという方向性は正しいものと思います。むしろ、一つキーワード(この場合は「都市」)を介して迂回すれば上下ないしは包含関係を回避可、とする根拠が不明瞭です。都市と都市伝説の例はせいぜい関連カテゴリであって、直接の上下関係を成すものでは無いと思います。- NEON 2008年7月18日 (金) 02:16 (UTC)
- 私が議論を提起したかったのはWikipediaにおけるカテゴリの一般論についてです。Category:ピアニストの件は例示として挙げたに過ぎません。これについては変更を行う方向で考えていますが、推移律を期待すべきかどうかなど一般論については引き続き各位のご意見を拝聴できれば、と存じます。--sergei 2008年7月18日 (金) 09:08 (UTC)
- では一般論を。データの関係はデータモデルで表せますが、大きく分けると階層型データモデルと関係モデルに分けられます。階層型データモデルはデータを木構造で表現したもので、おそらくSergeiさんたちは暗黙的にこのモデルでカテゴリを考えているのではないでしょうか。
- 一方関係モデルはデータとデータの関係を考えるもので、データは必ずしも木構造では表せず、ネットワーク型の構造になることが普通です。
- Wikipedia:カテゴリの方針では「親カテゴリが複数あって構いません」とされており、カテゴリは木構造ではないことになっています。カテゴリがネットワーク型構造であれば、データの特定の関係については包含関係が成り立ちますが、複数の関係を纏めて考えたときに包含関係や推移律が成り立つ保証はありません。(実際にはむしろ包含関係が階層になっていない関係や、推移律が成り立たない複数の関係をモデル化したものがネットワーク型データモデルであり、さらにそれを一般化したものが関係モデルなのですが)
- ここで間違えないでほしいのですが、関係モデルでも「一貫性や無矛盾性」は要求されているのです。矛盾する関係が許されるわけではありません。たとえばループするような関係は認められません。但し、階層型モデルに比べて検証は困難です。
- また、カテゴリの方針では「関連が深いキーワード」もカテゴリとして認められているので、そもそも上下のカテゴリは必ずしも包含関係には限定されていないことになります。
- 傍証としてCategory:都市を例にとると、そもそも親カテゴリが「社会」と「地理」の二つがあり、さらにサブカテゴリには「社会」や「地理」には含まれないカテゴリが複数存在しています。たとえばCategory:歴史上の都市はCategory:テーマ史を介してCategory:歴史に関連付けられていますが、「社会」にも「地理」にも含まれていません。
- この例でも、部分的には推移律が成立しています(歴史 > テーマ史 > 歴史上の都市)が、任意の上下関係から演繹される関係には成立しないものが沢山あります。「地理 > 歴史上の都市」などは成立していないでしょう。
- それでもネットワーク型データとしては許容される関係であり、カテゴリとしては問題ない構造です。
- 以下は私見になりますが、そもそも現実世界やそれをモデル化した日本語自体が階層型モデルで表現できるほど単純ではないので、それを分類するカテゴリも階層型モデルでは表現しきれないのだと思います。--アルビレオ 2008年7月19日 (土) 23:10 (UTC)--アルビレオ 2008年7月19日 (土) 23:10 (UTC)
- 前提としているのは木ではなく束です。順序があるかどうかが本質的であって、リレーショナルモデルかどうかは関係しません。「ループするような関係は認められません」というのは順序の存在ならびに上限と下限の存在を含意しているので束であり、結局は同じ事です。--Jms 2008年7月19日 (土) 23:23 (UTC)
- カテゴリの上下関係には複数のルートが許されていて、そのルートの中では包含関係があるが、違うルートでは包含関係を持たないことがある、ということで合意されたと考えてよいでしょうか?--アルビレオ 2008年7月20日 (日) 01:19 (UTC)
- 「違うルートでは包含関係を持たないことがある」というのが半順序であって全順序でない、という意味ならそうですが、違うことをおっしゃっているのではないかと危惧します。--Jms 2008年7月20日 (日) 01:34 (UTC)
- 順序集合には詳しくないので誤解があれば指摘してください。私が前回言ったのは、カテゴリの上下関係に複数ルートがある場合の違うルートはそもそも上下関係が定義できない、です。カテゴリ全体の集合は順序集合ではない、ということになると思います。
- 前回の例を繰り返すと、(地理 > 都市)であり、(都市 > 歴史上の都市)ですが、(地理 > 歴史上の都市)でも(歴史上の都市 > 地理)でもなく、そもそも地理と歴史上の都市には上下関係はありません。--アルビレオ 2008年7月20日 (日) 03:15 (UTC)
- 「カテゴリの上下関係に複数ルートがある場合の違うルートはそもそも上下関係が定義できない」というのを、もっと丁寧に考える必要があります。A > X という包含関係と、B > X という包含関係があったとして、A と B の間に包含関係があるとは限らない、というのは全順序ではないということです。しかし、A と B の間に包含関係がなくとも、包含関係によってこれらは半順序集合になっています。推移律で問題とされているのは、A > P という包含関係と P > X という包含関係があった場合に、A > P > X となるべきだということであって、おっしゃっている事と直接の関係はありません。A > B という関係がさらに存在するなら別ですが、それをおっしゃっているわけではないでしょう。従って、推移律に関する今回の議論とは無関係なことを述べていらっしゃると考えます。
- 「地理」と「歴史上の都市」が上下関係にないとは、どういうことでしょうか。地理とは無関係に、すなわち、地理的座標系に置き得ないところに「歴史上の都市」が存在するということでしょうか。その都市はどんな都市なのでしょう、架空の都市でしょうか。その場合、地理の下に「架空の地理」というワンクッションをいれてその下に「架空の都市」とすべきであって、「歴史上の都市」とは違う扱いになるでしょう。都市伝説の場合は、都市という文字列でつながっているだけの、不適切なカテゴライズであることは既に述べた通りです。--Jms 2008年7月20日 (日) 03:36 (UTC)
- 順序集合によると、順序集合では推移律が成立していることが条件であり、カテゴリには推移律が成立しないケースがあるので、カテゴリは順序集合ではないことになります。順序集合でないものに対して全順序や半順序を考えるのは意味がないのではありませんか?
- 次に「地理」と「歴史上の都市」の関係について説明します。まず「歴史上の都市」は、そのまま「歴史上かつて存在した都市(都市遺跡)に関するカテゴリ。」です。従ってカテゴリとして「都市 > 歴史上の都市」であることは明白です。一方、歴史上の都市は現存する都市ではないので「地理」には含まれません。「歴史上の都市」に含まれる記事として、例えば十三湊がありますが、これは中世から近世にかけてあった湊であり、「歴史」で扱いますが、「地理」では扱わないのです。カテゴリに推移律が成り立たない場合の一例ですね。
- なお、発散するのを避けるために前回はコメントしませんでしたが、カテゴリに「関連が深いキーワード」が認められているので、「都市伝説」が「都市」と文字列でつながっているだけでもカテゴリの関係として「都市 > 都市伝説」は不適切ではない、というのが私の立場です。--アルビレオ 2008年7月20日 (日) 11:30 (UTC)
どうも話がかみ合わない様です。包含関係は一般に順序を導入しますから、おっしゃっていることは、カテゴリは他のカテゴリを含んではいけないということを意味してしまいます。それでよろしいでしょうか、まさかそういう事を意図していらっしゃるとは思えないのですが。地理では過去の事象は扱わないということはないでしょうし、また、「都市」が都市伝説に対する「関連が深いキーワード」だというのも誤解でしょう。なお、形式概念分析的には「関連が深いキーワード」なカテゴライズもまた概念束に含まれます。--Jms 2008年7月20日 (日) 11:55 (UTC)
- 二点ほど。えーと、私(たち)が提起しているのはカテゴリの上下関係は推移律を満たしているべきであり、そうなっていないものがあるならそれは見直す必要があるのではないか、ということです。現状のカテゴリがそういう運用になっていないということはこの論点を無意味にするものではありません。順序関係も二項関係の一種ですのでネットワーク型データモデルと特に矛盾するものではないはずです。
それから各カテゴリのページには一番上にサブカテゴリ、一番下に親カテゴリがそれぞれ何の関連性もなく別個に表示されているだけです。したがって「A > X > B」というのは単に「A > X かつ X > B」の略記でしかなく、「A > X > B」かつ「C > X > D」は「A > X かつ X > B かつ C > X かつ X > D」を意味するに過ぎないと思います。ですから(一応{{Pathnav}}というものもありますが)アルビレオさんの仰る「ルート」という概念には意味がないのではないでしょうか。--sergei 2008年7月20日 (日) 14:48 (UTC)
- 推移律を満たさないカテゴリには上位ならびに下位カテゴリを設けない、というあたりが現実的妥協点かもしれません。そろそろWikipedia‐ノート:カテゴリの方針へ移った方が良かろうとつらつら見るに、Wikipedia‐ノート:カテゴリの方針#本項目と同名カテゴリでCategory:イギリスのバンド > Category:ビートルズ > ビートルズ を例として似た議論がなされています。もっともビートルズの方はラッセルのパラドックスに通ずる部分もあるので、より深刻ですが…。
- いや、カテゴリって難しいですね…。Wikipedia:カテゴリの方針に問題があるとすればどこなんだろう、と眺めてみましたが、十分よくできた文書だとしか思えませんでした。強いて言えば「関連が深いキーワード」の部分でしょうか。この部分はカテゴリと項目の関係について言及しており、カテゴリとカテゴリの関係には適用されないとも解釈できると思います。項目の下には何かが属するということがないので、そう解釈すれば何か曖昧な関連性に基づいてカテゴライズが行われてもその曖昧さがほかへ拡散するのは防ぐことができます。関連性が深くても一方が他方を含む関係になっていないカテゴリ同士に上下関係を設定するというのは混乱の元でしかないように思います。
なお例示されている濃縮ウランは現在扱いが変わっているのでコメントアウトの形で注意を喚起しておきました。--sergei 2008年7月23日 (水) 16:21 (UTC)
[編集] フィクションの項目で荒筋は最後まで述べるべきか否か
あまり興を削ぐほど詳細にやることはないが、最後まで述べることは必要だと主張いたします。ウィキペディアは百科事典でありレビューサイトの類ではありません。客観的な知識を供給するのが目的であって読者(視聴者)の読書意欲(視聴意欲)を高めるのが目的ではありません。どうしてもネタバレが気になる方のためにはTemplate:ネタバレ}というものもあります。任意の紙の百科事典を引いて頂ければ分かるでしょうが、百科事典のフィクションの項目において荒筋の節があれば、必ず物語の最後までが淡々と説明されているはずです。
しかるにjawpではフィクションの記事の「あらすじ」なり「ストーリー」なりの節において、物語の導入部分しか述べていないものが圧倒的に多いです。それどころかせっかく書かれていた荒筋の後半を消去して周っている方もいらっしゃる始末……。憂慮すべき事態だと考え、井戸端で主張させていただきました(ちなみに以前Wikipedia:井戸端/subj/ドラマ等におけるあらすじ説明という議論もありましたが、改めて)。私の考えは間違っているでしょうか?
(この文書は、下書きはしたものの投稿するのを忘れて数ヶ月保存しておいたものですが、このたびダーティハリーにおける編集合戦の勃発に気づいたことを機に投稿いたしました。)--Five-toed-sloth 2008年7月17日 (木) 11:56 (UTC)
- のっけから話の腰を折るようですが、「べき論」や正誤の問題ではないような気がします。短編や一話完結ものなら、簡潔にまとめることもできるでしょうが、未完の作品はそもそも最後がどうなるか不明ですし、、非常に長い長編、シリーズものなどは、下手に最後まで書こうとすると、それなりの文章量になるでしょう(ものによっては、他の部分より長いあらすじ、なんてことになるかもしれません)。
- なおWikipedia:ウィキプロジェクト フィクション(準備中)はありますが、あらすじについての議論は起きていないようです。またWikipedia:ウィキプロジェクト 漫画#あらすじでは、可能であればネタばれはしないようにとなっています。--郁 2008年7月17日 (木) 13:02 (UTC)
- 意見どうも。別に話の腰を折られたとは感じておりませんのでご心配なく。しかし、第一に私は「べき論」だと思います(主義の問題で言い争うつもりはありませんが)。第二に、郁さんの反論はごもっともですが、それらは本質的な問題ではないと思います。私(の言い方が不味かったのでしょうか?)は「何が何でも最後まで書け」と言うつもりはありません。無い袖を振れなどとは言いません(まあ未完=進行中の作品の項目を立てること自体に反対なんですがそれはそれとして)し、逆に記事のバランスを崩すほど長くなってしまうような場合も仕方がないと思います。例外は勿論ありです。あくまで「基本的に」です。
- Wikipedia:ウィキプロジェクト 漫画での決定は率直に言って甘いと思います。……「ネタバレ」という言葉の意味にもよりますが。ここでいう「ネタバレ」ってのはどのくらいのレベルを指しているんでしょうか?--Five-toed-sloth 2008年7月17日 (木) 14:15 (UTC)
- 「そして……」で後をはしょることで「ネタばれを回避したことにする」という記述のしかたをよく見かけるのですが、こういうやりかたは、読者に充足感を与えないことで書籍の販促につなげる広告のテクニックをまねしたものでしょう。百科事典の書きかたとしてよくないとおもっています。百科事典では、粗筋を書くのなら全部書くべきだと思います。 --Hatukanezumi 2008年7月17日 (木) 15:44 (UTC)
- Hatukanezumiさんの意見に同意です。あらすじと称する文が、「だが……」などと中途半端なところで終わることに、何か人をじらせるようないやらしさを感じます。延々と描く必要はないとは思いますが(悪い例:en:Akira (manga)#ffffff summary)、あとを端折っているような「あらすじ」は未完の場合を除き望ましくないこと、ネタバレ警告の上でストーリーラインを最後まで解説すること、というようなガイドラインが定められるべきとも思います。--Nopira 2008年7月18日 (金) 14:53 (UTC)
- 基本的に「どんな物語なのか」は、その導入部だけでも説明可能な場合がある反面、逆に細にわたって書き綴られたものは、長編作品や映画丸々一本ともなると「うんざりするほど冗長」な記述になる場合も…ヘタぁすると作品に対する愛からなのか、延々と朗読版をこしらえてくれる人もいますが、百科事典である以上は「如何に簡潔にまとめるか」という視点が欠かせないように思います。その意味で、まず「どんな作品なのか」を説明するという観点のみをもって「冒頭(および登場人物の説明)で足る」のか、結末まで書かないと作品の説明ができないのかは考慮に値する問題だと考えます。そういう視点もなく「(須らく)全部書くべきだ」という視点は、実際問題として「個人的に書きたいから書こうと主張してるだけなんでないの?」という疑念を抱かせることはできても、賛同を得られないような気も…まあ気がするだけかも(漏電中)。
- なんにしても「朗読版(細にわたって書き綴られた内容)は作品視聴者である記述者側の自己満足」のような気がします。そのあたりは、ザクザクと削ってどこまで簡便に出来るかを考えたほうがいいかと。まあ『指輪物語』のあらすじを「養父が拾った危険な指輪をフロドが仲間と万難を排して火山に投げ込む話」とまで簡素化しちゃうのもどうかとは思いますけどね…その辺りは記述者のさじ加減とはいえ、サクッと読める分量にまとめたほうが、百科事典の記事としては有益だと思います。--夜飛(話/歴) 2008年7月17日 (木) 16:02 (UTC)
- 「それが解説に必要なら載せるべき」でしょうが、全てに「結末を載せるべき」とは考えません。Hatukanezumi氏の言われるようなものは、確かによくない方法ですね。Wikipediaは理解をしてもらうための場で、知識欲を満たす場でも読書欲を促進させる場所でもないため(より影響を与えるかもしれない後者については、ネタバレテンプレの他に{{Story}}などもありますし)、結末を書くべきか書かないべきかは一律にきめる事ではないように思います。あえていうなら「書いてよい」かなと。--春日椿 2008年7月17日 (木) 16:27 (UTC)
- 長編作品や未完作品では、粗筋を書いても作品の説明になってないということはあるとおもいます。たとえば『大菩薩峠』(長編かつ未完) の記事の、現在の粗筋の節って、映画化された部分 (既発表作品の1、2割程度) を書いてるだけで、なくてもかまわないかもしれないとおもう。でも、登場人物紹介や「執筆時期による分類」なんかで工夫してて、そこは読ませますね。
- (そうおもってるひとはいないとおもうけど) 単に「ネタばれ是か否か」という話ではないとおもいます。『デロリンマン』の記事は、元祖版・リメイク版いずれも粗筋を最後まで解説しながら、ラスト1ページについては解説してないけど、これで読者が不全感を感じることはないはずです。 --Hatukanezumi 2008年7月17日 (木) 16:42 (UTC)
- Wikipedia:ネタばれに注意はある程度重要部分が書かれることを想定しており、結末もそう言った部類のものに入ると考えることは出来るでしょうが、必要以上にご丁寧な解説を行って、読む楽しみが著しく削がれるようになってしまってはどうしようもないと思いますね…。誰が見てもよくわかる説明とか何とか。--Marine-Blue [ 会話 履歴 電信 ] 2008年7月18日 (金) 06:00 (UTC)
- 念のため発言しておきますが、結末まで述べること=読む楽しみが著しく削がれるという訳ではないと思います。ストーリーが先に分かっていても読む楽しみは十二分にありますし(先に映画化作品を視てから原作を読みたくなって読んだことってありますよね?)。また、百科事典は「読む楽しみ」に配慮する必要があるのかというと、ないと思いますし。ケース・バイ・ケースですけど。--ろう(Law soma) D C 2008年7月18日 (金) 07:23 (UTC)
- ええ、全く同感です。--Five-toed-sloth 2008年7月18日 (金) 17:21 (UTC)
- 夜飛氏の仰る「書く必要がない場合」の存在は(あまり想像はつきませんが)可能性として理解できます。作品に淫した長々しい梗概(「朗読版」とは上手い表現ですね)が望ましくないことにも元より同意です……あまりそういう例は見かけない(むしろ作品に淫した長々しい登場人物紹介を頻繁に見かけてうんざりします)ですけど。
- 私は別に「個人的に書きたいから書こうと主張している」わけではございません(むしろ、原則的にフィクションの項目を執筆しないことを自らに課している位で)。ただ百科事典のフィクションの項目においてそれが基本的には必要不可欠だと(公人的に)考えているだけです。
- 私としては取りあえず
HatsukanezumiHatukanezumi氏とNopira氏の仰る「販促的中断法の禁止」が定められれば満足です。……これはWikipedia:ウィキプロジェクト フィクションで諮るべきでしょうか? それとも独立にWikipedia:販促みたいな荒筋紹介はやめましょう(仮)みたいなガイドラインを立てる方針で諮ればいいでしょうか。あるいはWikipedia:ネタバレに注意に加筆する方向がいいでしょうか。--Five-toed-sloth 2008年7月18日 (金) 17:21 (UTC)【綴りを間違えました。失礼しました。--Five-toed-sloth 2008年7月18日 (金) 17:26 (UTC)】
- 結末まで述べること=読む楽しみが著しく削がれるという訳ではないと思います>それは分かっていますよ。言いたいのは結末を書いてもいいからと言って何でもかんでもむやみやたらに書くのはやめてほしいってことです。--Marine-Blue [ 会話 履歴 電信 ] 2008年7月19日 (土) 08:15 (UTC)
- こちらもそれは元より分かっている(つもり)です。過剰な記述は(半端な記述と同様)良くありませんよね。……(量だけの問題ではないでしょうが)私は例えば長編小説一本なら500字から1000字くらいにまとめるのが妥当かと思っているのですがいかがでしょうか。--Five-toed-sloth 2008年7月19日 (土) 11:00 (UTC)
- 文字数で決めるのはどうかと......。長編といってもピンキリですから。それに下手に数字を出すと、それを免罪符にする人が出そうな気がします。「百科事典らしく、簡潔に」でいいんじゃないかと。--郁 2008年7月19日 (土) 11:46 (UTC)
- あー、はい。仰るとおりです。…別にガイドラインに「荒筋は何字以内」みたいな文面を入れようと提案したつもりはなく世論がどの程度を適切とするか聞きたかっただけなのですが言い様が悪かったです。すみません。
- 問い直します。「私は例えば(自分が書いた唯二つのフィクション記事を例に出すと)アーサー王宮廷のコネチカット・ヤンキー#荒筋くらいをやや過剰、月世界最初の人間#ストーリーくらいをかなり過剰と考えているのですが、皆様の不足 - 適切 - 過剰の感覚はどのようなものですか?」--Five-toed-sloth 2008年7月19日 (土) 12:51 (UTC)
- (インデント戻し)「すべてを書くべきだ」には疑問を挟む余地があるのですが、「結末まで書くことは妨げない」(積極的には禁止しない)部分には異論はありません。ただ「簡潔にまとめる」のは必須条件だと考えています。なおFive-toed-slothさんの云うところの「想像がつかない」という部分に関しては、『マトリックス・レボリューションズ』を一例に挙げさせていただきます。なお『マトリックス・リローデッド』でも2007年4月の小生の編集以前の版ではあらすじがモノスゴイことになっていたので修正依頼が提出されるという事態になっており、これは「結末まで書かれたことで記事が台無しになっていたケース」だと思います。なお百科事典の記事としては、作品の販促的な活動はWP:NOTの視点からも芳しくないため、あらすじとして意図して未消化な状態で作品に誘導するということは目的外利用(「Wikipediaは宣伝媒体に非ず」)だとも思いますが、それはむしろ書き手側の認識や価値観の問題(これは価値観を盛り込んだ時点でNPOV的ではない)であって、同程度に粗筋の冒頭だけを紹介するだけでも書きようによっては十分に説明足りうるとも考えます。この例を『マトリックス』に求めることもでき、同項におけるあらすじは実質的に同映画作品の全体から見れば前半部に届かない程度の中途なものではありますが、これは作品の説明においては簡潔かつ十分なものだと感じます。--夜飛(話/歴) 2008年7月19日 (土) 12:54 (UTC)
- なるほど。例示ありがとうございます。夜飛さんの編集は極めて妥当だと思います。『マトリックス』に関する見解にも同意です。ただ(本質的じゃないことですが)そのように荒筋の冒頭だけを述べた節を「荒筋」とか「ストーリー」とか呼ぶことにどうも違和感があります(代案:「プロット」)。--Five-toed-sloth 2008年7月19日 (土) 14:05 (UTC)
ところで、以前Wikipedia:井戸端/subj/ドラマ等におけるあらすじ説明で反語的に提案された「『概要』があれば『あらすじ』は要らないのではないか」という考えについて。当時および今回の最初とは違うスタンスの発言をしてしまいますが、「場合によってはアリ」だと思います。下手な荒筋があるよりも、努力して上手い荒筋を書こうとするよりも、秀逸な概要があるだけのほうが余程ためになるのではなかろうか……と先ほどノート:ダーティハリーで示された文案を見て思いまして。--Five-toed-sloth 2008年7月19日 (土) 14:05 (UTC)
- 閑話休題。以上の議論の結果(少なくとも「販促みたいな書き方はやめる」は総意が得られたと思いますが)をどこかの文書に盛り込みたいのですが、どこがいいでしょうか? Wikipedia:ネタバレに注意、新ガイドライン草案、ウィキプロジェクト フィクションあたりが考えられますが。皆様のご意見を乞います。--Five-toed-sloth 2008年7月22日 (火) 14:44 (UTC)
[編集] ニコニ・コモンズはウィキペディアで利用可能か
話を投げるだけ投げてみます。既にニュースなどで話題になりました通り、ニコニ・コモンズが発表されました。いわゆるCCとは異なりますが、改変可能、商用利用可能のタイプの許諾条件もあり(あと、サイト限定条件などもありますが)、ものによってはID付きの「フリー・コンテンツ」と見なしうるものもあります。
いわゆるMAD作成のためのものなので、素材として適切か否かはありますが、そのうち誰かがこれを適用してアップロードを始めることもあるでしょう。そこで、今のうちに、これが利用可能かどうかは、何らかの合意を取っておいた方が適切かと思います。最終的にはWikimedia Commonsにあげるべきですが、対応如何では、英語版のFair Useの利用のように、暫時的にウィキペディア日本語版や日本法準拠のプロジェクト間で利用可能にしておくこともあり得るでしょう。
懸念事項としては、株式会社ニワンゴによって一意に管理されたニコニ・コモンズIDの明示が必要ということですが、僕は許容範囲かなと思っています。
みなさんは、この件について、どうお考えになりますか? --ゆきち 2008年7月18日 (金) 05:01 (UTC)
- ライセンス条件パターンの○○×であれば、ウィキメディア・コモンズと日本語版ウィキペディアの両方で受け入れられるのではないか、という感触はあります。ID表示義務も、帰属表示の一種と考えれば、GFDLと整合すると思います。受け入れる場合には、専用のライセンス表示テンプレートが必要になってくるでしょう。--ZCU 2008年7月18日 (金) 05:25 (UTC)
- 現時点に置いては前述の発表文それ自体が「ライセンス表記そのもの」と見なせると思いますが、最後の行に「本資料の内容は将来予告なく変更されることがあります」とあるのが引っかかります。ライセンスとして「バージョン表記」などが行われている訳では無いので、将来的に内容が変更された場合に「何時のライセンスで許諾したのか」といった問題が出る可能性もありそうな気が。また『作品の利用の仕方』の段落で「利用条件に必ずしも反しない場合であっても、作者が望まない利用の仕方として付記した内容にあたる利用をした場合には、利用を禁止される場合があります」とあるのは GFDLと整合しないと思えます。せいぜい「外部リンクを張りやすくなるかも」、くらいに受け止めておいた方がいいような・・・
- あと、それらとは逆に「ウィキペディアやコモンズ由来のGFDLやCC素材」を使った作品が、元のライセンスに抵触する形で公開された場合にニワンゴがどの程度の対応をしてくれるか、といった疑問が無きにしも非ず。--KAMUI 2008年7月18日 (金) 09:50 (UTC)
- おっしゃるとおりですかね。
- 変更に関しては、「ライセンス条件変更の効果は、原則として変更後の利用(ダウンロードではないことに注意)に対してのみ及びます。」とあり、また「また、公序良俗に反する利用や作品の関係者の名誉声望を害するような利用は禁止されます。」という記述もあり、ライセンスの永続性については疑問がありますね。
- これは断念した方が良さそうですね。--ゆきち 2008年7月18日 (金) 10:56 (UTC)
「利用条件に必ずしも反しない場合であっても、作者が望まない利用の仕方として付記した内容にあたる利用をした場合には、利用を禁止される場合があります」とあるのは GFDLと整合しないと思えます。(KAMUIさん)
- 確かにそのとおりだと思いますので、そのような付記がないものを選択的に受け入れることになるでしょう。
「ライセンス条件変更の効果は、原則として変更後の利用(ダウンロードではないことに注意)に対してのみ及びます。」
- これは、GFDLやCCを含む、他の一般的なフリーライセンスでも同様のことがいえます。
「また、公序良俗に反する利用や作品の関係者の名誉声望を害するような利用は禁止されます。」
- これもまた同様です。作品の権利者がGFDLやCCの下で自由な利用を認めていたとしても、「公序良俗に反する利用や作品の関係者の名誉声望を害するような利用は」はできないと解すべきでしょう。保護期間が満了してパブリックドメインに帰した作品であっても、同様の制約は受けます(著作権法60条)。
いずれにせよ、しばらく様子見という対応になると思います。--ZCU 2008年7月18日 (金) 12:22 (UTC)
ライセンス条件の変更については、作品その物に対して変更するということじゃないでしょうか。CC-SAやGFDLであれば、一度ライセンスをつけて流通した場合は、その作品は、永続的にそのライセンスを適用する必要があるはずです。著作権者が改めてライセンスを変更した場合でも、既に他の方に渡った場合(ニコニ・コモンズの表記に従えば「ダウンロード」)は、ライセンスは継続します。ニコニ・コモンズの場合は、既に人手に渡ったものでも、それを「利用」する際も変更を適用することになっています。従って、一旦ウィキメディア上に掲載した作品でも、ニコニ・コモンズのルールに従えば、著作者がライセンスを変更した場合は、掲載を取りやめなければならないという風に読めます。一方でCCやGFDLには、そのような変更を利用の際も適用することはないはずです。
公序良俗に関して言うならば、GFDLやCC自体は、その制約を持っていません。適用時点で著作権法をクリアしているか否かの問題になり、ライセンス上の制約には該当しないと考えるべきでしょう。一方でニコニ・コモンズの表記は、それが既存の著作権法に配慮した表現であるとは言え、ライセンスとして(?)そのような制約を課しているという点においては、GFDLと衝突していると考えるべきでしょう。
ただ、ウィキペディアでの利用においては、GFDLとマルチメディアのライセンスが衝突しているか否かは問題ではありません。ウィキペディア上では、文書のライセンスとマルチメディアのライセンスは分離させているからです(それ自体の可否は問題もあるようですが、ここではそれは考えません)。なので、ここで合意を取るべきなのは、ニコニ・コモンズを「フリーコンテンツの百科事典を作る」という命題において受け入れるか否か、ということです。その観点からは、どうお考えになるでしょうか? --ゆきち 2008年7月18日 (金) 20:49 (UTC)
- とりあえず、第3段落について。現時点ではわかりません。ニコニ・コモンズに、百科事典づくりに有用なコンテンツが多く集まるようであれば、受け入れるべきでしょう。逆に、そうでないのであれば、労力を費やしてまで受け入れ体制を作る必要もないと思います。したがって、「しばらく様子見」ということです。--ZCU 2008年7月19日 (土) 18:30 (UTC)
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- えーと、ニコニ・コモンズをウィキペディアやコモンズに適用しようとすると、実は致命的な問題があるンじゃねーかと。
- ゆきちさんは「著作者が改めてライセンスを変更」とおっしゃってますが、この場合は○○×を○○○にするなど「元々あるライセンスの、運用の変更」ですよね。しかし最初に「本資料の内容は将来予告なく〜」まで読んだ時に私が理解したのは「ニワンゴがライセンス内容(条項)の変更を行うことができる」であり、それを著作者に強制しうる可能性です。つまり古くはジオシティーズが、最近ではmixiがやって大騒動になった「規約の変更によるコンテンツ独占」の危険性ですね。
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- 理屈の上では「2番目の○(営利目的使用の可否)を全部ニワンゴが独占的に利用可に変更することも可能」というものです。もちろん実際にそこまでの変更をやったら昨年の「初音ミクJASRAC騒動」どころの話じゃ済まないでしょうけど。--KAMUI 2008年7月19日 (土) 22:19 (UTC)
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- KAMUIさん、とりあえず、ライセンス自体の問題と、そのメタ的な改訂の問題は、わけるようにしてもらえませんか?
- ただ、おっしゃる通り、バージョン指定が無い事で、ライセンスや運用が一意に決まらないというのは本当だと思います。その点は、ご指摘の通りです。--ゆきち 2008年7月21日 (月) 03:11 (UTC)
[編集] 持ち込み記事元が「著作権侵害疑い」の対処について
利用者:桜田守宏さん(投稿記録)が運営している外部サイトを出典とした新規記事群(参考:自著作物の持ち込み)が多数あるのですが、この外部サイトの各記事について「著作権侵害疑い」をもっております。概要と根拠は以下のとおり。
要旨、上記のような内容です。個別ページでの著作権問題であれば著作権問題調査依頼に迷わず依頼するのですが、当該ユーザーは新規項目の立項を多く行っており対象が膨大であるゆえ、上記の依頼になじむのかどうかがわからなかったので、ひとまず井戸端にコメントをいたしました。適切な誘導場所または対処方法のご教示、または必要な議論と対処をお願いします。
なお、本件における対処は「外部サイトの著作権侵害そのものに対するもの」ではなく、あくまでも「Wikipediaの記事としてどう扱うべきか」という内容のみであることを、末筆にコメントしておきます。(前者についてはWikipediaでやる問題ではないですので。)--しいたけ 2008年7月18日 (金) 08:55 (UTC)
- 質問1はそれぞれについて個別に検討すべきとは思いますが、著作権を侵害しているケースもあるのではないかという疑念は拭いきれません。
- 質問2については、原典をどのように利用しているのかに依存するでしょう。無断であっても原典の著作権を侵害しないようなケースでは問題ないと考えられますが、無断であれば原典の著作権を侵害するようなケースでも許諾を得ればもちろん問題ないでしょうが、それをGFDLでライセンスすることまでを認めてもらっている可能性は低いんじゃないかと思います。また
- 質問3については、検証可能にするのは結構難しいようには思います。
- とりあえず、「著作権侵害疑い」を拭い去るためにも、Wikipediaの方針に従って、それぞれの記述に対して検証可能性を満たすために、出典を付与していただくことからはじめてはどうでしょうか。出典があれば、第三者が著作権を侵害していないか否かを検証することができます。また、原典の著作権者に許諾を得てその著作物をそのまま或いは表現の僅かな変更で使っているようなものがあるとすれば、原典の著作権者がそれをGFDLで提供することに合意しているか否かということについては、公開してもらった方がいいとは思います。--iwaim 2008年7月18日 (金) 21:29 (UTC)
- (コメント)コメントありがとうございます。『それぞれの記述に対して検証可能性を満たすために、出典を付与していただくことからはじめてはどうでしょうか』とのことですが、その出典に著作権問題の疑義があるためのご質問でした。なお、わたくしはここで外部サイトの著作権問題を是正しようとは思っていません(それはWikipediaの話から外れますので)。Wikipedia内で論じるべきは、「リンクされた外部サイトは著作権問題をクリアしているか否か」だと思っております。記述内容について当該サイトをどれだけ参考にしているかは不明ですので、ひとまず当該サイトへのリンクを外すことにします。--しいたけ 2008年7月19日 (土) 08:55 (UTC)
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