日本テレビ放送網
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日本テレビ放送網株式会社(にっぽんテレビほうそうもう、Nippon Television Network Corporation)は、日本の放送事業者である。一般的には、略して、日本テレビ(にほんテレビ)、更に略し、日テレ(にっテレ)などと呼ばれる。略称は「NTV」。
概説
放送免許
主な株主(2007年3月31日現在)
- 株式会社読売新聞グループ本社 (15.0%)
- 讀賣テレビ放送株式会社 (6.3%)
- 株式会社読売新聞東京本社 (5.4%)
- 学校法人帝京大学 (3.5%)
- 日本トラスティ・サービス信託銀行株式会社(信託口) (3.1%)
- 株式会社エヌ・ティ・ティ・ドコモ (3.0%)
- モルガン・スタンレー・アンド・カンパニー・インターナショナル・リミテッド (2.3%)
- 日本マスタートラスト信託銀行株式会社(信託口) (2.2%)
- 名古屋テレビ放送株式会社 (2.2%)※現在はANNの系列局となっている。
- 株式会社よみうりランド (2.0%)
(出資比率は自己株式を控除して計算)
- 標準テレビジョン放送(地上アナログ放送):JOAX-TV(VHF4ch、映像171.25MHz/50kW、音声175.75MHz/12.5kW)(テレビジョン単営局に対する最初の予備免許であったため、「JO*X-TV」シリーズの中で“A”が与えられた)
- 標準テレビジョン音声多重放送:JOAX-TAM
- 標準テレビジョン文字多重放送:JOAX-TCM
- 地上デジタルテレビジョン放送:JOAX-DTV(UHF25ch/リモコンID4ch、周波数545.142857MHz/10kW)
保有チャンネル
関東広域圏における地上放送以外に、以下のチャンネルを放送、供給している。
- 日テレG+、日テレNEWS24
- 直営の衛星役務利用放送としてスカイパーフェクTV!で放送しているほか、e2 by スカパー!(東経110度CS放送)の委託放送事業者であるシーエス日本、及び一部のケーブルテレビ局へのチャンネル供給を行い、各局においてサイマル放送を行なっている。
- 日テレプラス
- 旧称「日テレプラス&サイエンス」。「日テレプラス」と「サイエンスチャンネル」の共用チャンネルであり、うち「日テレプラス」部分の番組を、スカイパーフェクTVでは委託放送事業者のジャパンイメージコミュニケーションズ、e2 by スカパー!ではシーエス日本、また一部のケーブルテレビ局へもそれぞれ供給している。
ネットワーク
1966年に NNN(Nippon News Network)を、またNNS (Nippon television Network System)を形成し、各地の地方局と系列局関係を結んでいる。日本テレビの報道取材地域には関東広域圏の他に沖縄県が含まれる(沖縄県にNNN系列局がないため)。
呼称
開局以来長年「4チャンネル」「NTV」などを略称として使用してきたが、1995年前後よりキャンペーンコピーに「日テレ」を使用し始める。2000年12月には、開局した系列のBS日本のチャンネル名称を「BS日テレ」とした。
2003年の汐留移転を契機に、コーポレートロゴを「日テレ」とするなど、正式な略称・愛称として「日テレ」が採用された。なお、新聞・テレビ情報誌の番組表での表示は従来通り「日本テレビ」のままだが、デイリースポーツ東京版と番組の動画配信では「NTV」として表記されている。
業界ではCX(フジテレビ)、EX(テレビ朝日)、TX(テレビ東京)に合わせ「AX」と呼ぶこともある。渋谷には日テレが出資したライブスペースSHIBUYA-AX(シブヤ-アックス)があり、1990年台後半(読売新聞は~い朝刊の次番組)の土曜深夜にもずばり“AX”(読みは「アックス」)という番組があった。
ちなみに、ロシアの「NTVテレビ」およびマレーシアの「ntv7」とは無関係。
登記上の社名は「にほん」では無く「にっぽん」と読むのが正しい。(これはNHKの場合と同様。ただし、アナウンサーも「にほんテレビ」と読むことが多い)
備考
スタジオ
汐留・日本テレビタワー(愛称:日テレタワー)
世界的建築家リチャード・ロジャースが基本構想を手掛けた。建物外部四隅に柱を露出させた理由は、容積率緩和措置を受けるため。その他、地上2階の受付前フロアを自由通路とすることによっても容積率緩和措置を受けている。 なお、日本テレビタワーの19階から24階は一般のテナントビルとして賃貸しており、19階は日テレグループ各社や海外テレビ局の東京支局、20階から24階には一般企業が入居している。
建設前の敷地では、進め!電波少年、雷波少年における長期ロケ企画のロケ地として使用されていた。
また、麹町からの移転直前には、ぐるナイの“ゴチになります”オープニングとスペシャル料理の選択権を決めるゲームも行われた。
- メディアセンター
- 汐留・日テレタワー7階にある放送の運行・送出を行うマスターコントロールルーム。日本テレビの放送を支える中枢を担うセクション。関東一円と全国のネットワーク各局、またBS日本・CS日本へも毎日の番組を送り出している。送出VTR・番組サーバ・CMバンク・データ放送・文字字幕放送の送出設備を擁し運行・送出を行っている。
- また、OAデータ・APS(Automatic Programming System)の運行データ作成・変更を行う「放送進行」もキー局としての重要なセクションである。
- 回線センター(SDC・SOC・回線ブッキング)
- 生中継に欠かせない自営マイクロ回線(マイクロ基地局)の運用・保守、及び局内回線分配系の運用・保守、SNGの管制・運用・保守を行うセクション。自営マイクロ回線の運用を行う「SDC」、SNG回線の管制・運用を行う「SOC」またNTTマイクロ回線の運用を行う「回線ブッキング」の3つに運用セクションが分かれている。
- S1・S2スタジオ(211坪・138坪)
- 汐留・日テレタワー13階にあるバラエティ・情報番組の収録・生放送対応スタジオ。「踊る!さんま御殿!!」、「エンタの神様」、「ザ・サンデー」、「真相報道 バンキシャ!」などで使われる。なお「24時間テレビ」や、「箱根駅伝」など不定期の大型番組の親サブとしても使用される。スタジオ入り口のドアの色は、S1スタジオが赤、S2スタジオが黄
- S3・S4スタジオ(148坪・148坪)
- 汐留・日テレタワー9階にある生放送対応スタジオ。生放送対応を前提としているため、HD収録機がS1・S2の様に常設されていない。「ズームイン!!SUPER(第1部)」、「NNNニュースSUPER」、「スッキリ!!」、「NEWS ZERO」、「スポーツうるぐす」などで使われる。スタジオ入り口のドアの色は、S3スタジオが青、S4スタジオが緑
- NEWSスタジオ(130坪)
- 汐留・日テレタワー5階・報道フロアにある報道番組専用スタジオ。主に地上波報道番組で使用されている。なお5階報道フロアには日テレNEWS24(旧NNN24)専用のミニスタジオや、常設の顔出しスペースや、各記者のデスクから直接最新情報が放送できる天井移動カメラも設置されており、ある意味報道フロア自体が巨大なニューススタジオとも言える。「NNNニュース」は報道フロアからで「NNN Newsリアルタイム」は第一部が報道フロアからで第二部が専用スタジオからとなっている。
- マイスタジオ(92坪)
- 汐留・日テレタワー2階にあるオープンスタジオ。俗に「マイ・スタ」と呼ばれ、「ズームイン!!SUPER(第2部)」、「ズームイン!!サタデー」、「NNNニュースサタデー」、「報道特捜プロジェクト」などで使われる。構造的には通常のスタジオの副調整室の後方にモニター類を見渡せる形でMCブースが設置されており、番組司会者は中継回線等の状況を把握し易く緊急事態等に素早く対応できる事から、情報系生番組用としてはある意味完成されたスタジオとも言える。なおMCブースの背後はガラス張りで外部から放送の様子を見ることが可能で、以前(麹町時代)は放送中でもスタジオ前を通行することができたが、現在、放送中はスタジオ前の広場の通行が禁止されている。
- ゼロスタジオ(22坪)
- 汐留・日テレタワー1階レベルにあるオープンスタジオ。専用のサブや常設カメラはない(社内にあるどのサブからも駆動できるが、マイスタを駆動サブとすることが多いようである)。「ラジかるッ」で使用。ラジオ日本の放送にも使用される事がある。
- SKY1・SKY2スタジオ(35坪?)
- 汐留・日テレタワー15階にある、ガラス張りのオープンスタジオ(パノラマスタジオとも呼べる)。「スーパースポーツマガジン」(BS日テレ)などで使われる。
- SVスタジオ(71坪)
- 汐留・日テレタワー13階にあるバーチャルスタジオ。ブルーバック(日テレはグリーンを使用)のホリゾントが常設され、「あさ天サタデー」などで使われているが、中規模のスタジオとして普通にセットが組まれ番組を収録する事も多々ある。
- テレビバ
- 汐留・日テレタワー2階にある公開型のオープンスタジオ。「アナ☆パラ」などで使用。イベント等で使われていた『クリスタルホール』を観客が中に入ることができる公開スタジオに改修。ガラス張りで、外からでも番組収録を見ることができる。「くちコミ☆ジョニー!」の番組内でスタジオ名を公募していたが、2007年11月5日の放送で「テレビの遊び場」を略した『テレビバ』に決定した。
- リモートサブ(1, 2)
- 汐留・日テレタワー8階には、副調整室(サブ)だけの「リモートサブ」というのがある。主にプロ野球中継、サッカー中継などスポーツ中継で使用している。
※すべてハイビジョン対応
汐留・日テレタワーに本社が移転された後も、旧本社社屋は麹町分室として北本館にある2つのスタジオに限り、引き続き使用している。日テレで最大面積を誇るGスタジオがあることから、主に観客入れや出演者が多い番組が収録されている。また制作部門の一部デスクは分室に留まっている。なお麹町分室は「日テレ麹町ビル」としてリニューアルし、旧西本館が一般テナントビルとして使用されている。また、BS日テレ・CS日本の本社と送出マスターもここにある。
麹町分室は「西本館」「南本館」「北本館」「カラーセンター」の4棟から成り立っており、カラーテレビ放送開始に伴い建設された「カラーセンター」が後に新築された南本館と合体化された。しかし旧「カラーセンター」棟は老朽化が激しく、2003年に本社移転を契機として使用を中止した。
- Kスタジオ(180坪)
- 麹町分室北本館5階のスタジオ。主に観客入れを必要とするバラエティ・トーク番組や歌番組の歌唱部分の収録に使用されている。スタジオ入り口のドアの色は、青。
- Gスタジオ(250坪)
- 麹町分室北本館1階のスタジオ(収録兼用)。日本テレビにてフロア面積最大のスタジオ。汐留移転前は、ゴールデンタイムで放送されているスタジオ番組の多くが生放送・収録された。2007年現在でも、「行列のできる法律相談所」や「世界まる見え!テレビ特捜部」、「天才!志村どうぶつ園」、「ザ!世界仰天ニュース」、「中井正広のブラックバラエティ」などが制作されている。スタジオ入り口のドアの色は、赤。
- ※K・Gスタジオ共にHDTV対応。
- 麹町日テレビデオスタジオ(75)
- 報道番組で使用されてきた南本館4階のEスタジオを日本テレビビデオが改装し、貸しスタジオとしてリニューアルしている。
新社屋・旧社屋の扱いについて
2004年に日本テレビの本社機能はデジタル放送に対応するため、開局以来本社を置いていた千代田区二番町(通称:麹町)から港区東新橋(通称:汐留)に移転した。
しかし、移転後に本社機能・テレビ収録を全て旧社屋から新社屋にシフトしたTBSやフジテレビとは違い、日本テレビは麹町社屋がさほど老朽化していない事や、新社屋の敷地面積が他の在京民放の社屋より狭いことなどから、本社機能と報道・情報番組制作、一部のバラエティー番組制作のみが『日テレタワー』にシフトし、バラエティー番組の大半が汐留に本社を移した現在も『麹町分室』で制作されている。
これらを踏まえると、新社屋『日テレタワー』は地上波放送の番組送出や報道・情報系の制作・送出に主点を置いた施設で(一部のバラエティー番組も収録・放送はしている)、旧社屋『麹町分室』はバラエティー番組の収録・生放送、BS・CS放送の番組送出に主点を置いているともいえよう(アークヒルズに本社を移転していた当時のテレビ朝日に近い。この事例は大阪の毎日放送でもあった)。
ちなみに『麹町分室』で制作された番組は『日テレタワー』(汐留社屋)に光ファイバーでHD/SD転送されてローカルマスターを経由して日本テレビの親局である東京タワーから送出し放送されたり、ネットマスターを経由して全国の系列局に送出される。逆に『日テレタワー』で制作したBS・CSの番組は『麹町分室』に光ファイバー転送されてそれぞれのマスターを経由して放送される。
生田1から生田3まで3つのスタジオがあり、主にドラマの収録を行っている。すべてハイビジョン対応。 災害時の送出機能も備えている。スタジオの管理・運営はNTV映像センターが行っている。
沿革
1950年代
1960年代
- 1960年6月 テレビ視聴率調査にニールセン方式を採用。
- 1960年9月10日 カラーテレビ本放送開始。(NHK、ラジオ東京(KRT)と共に東京地区では初)当日、記念番組が4時間に渡って放送される。
- 1961年1月8日 大相撲初場所で初のカラー中継放送を開始。
- 1961年6月4日 「シャボン玉ホリデイ」放送開始(1972年10月1日終了)。
- 1962年 フランスのRTFテレビと番組交換協定締結。朝6時台から深夜12時まで切れ目のない全日放送体制が完成。
- 1963年 通信衛星リレー1号を利用して、日米間で初の白黒テレビの電送実験。放送中にケネディ大統領暗殺事件が発生し急遽別番組を編成。
- 1964年10月 東京オリンピック開催。これに関する自社製作におけるカラー放送を強化する。
- 1964年 多摩丘陵・よみうりランド内にカラー公開スタジオ「NTVスタジオ」が完成。
- 1965年 パキスタンにテレビ受像機200台を寄贈。
- 1966年4月1日 NNN(Nippon News Network)発足。
- 1966年5月15日「笑点」放送開始。
- 1966年6月30日 ザ・ビートルズの日本武道館来日公演をカラーで独占生中継し、視聴率は56%に達した(同時にカラーVTRでも録画され、このカラービデオテープは後にVAP(全編)や東芝EMI(現EMIミュージック・ジャパン)(一部)からビデオ・ソフト化される。)。
- 1966年 世界初、カラーのスポットコマーシャル(日立製作所提供)の放送が開始される。
- 1967年7月21日 福井近夫が社長に就任。
- 1967年 ニューヨーク支局を開設。アメリカ・NBC内に特設スタジオを設置し、衛星中継による海外ニュースを放送。
- 1968年4月 新宿区に独自の送信所を兼ねた日本最大のテレビ塔建設を発表。(後に計画は中止に)
- 1969年10月9日 当時の会長、正力松太郎が死去。
- 1969年10月11日 大蔵省の指摘により粉飾決算が発覚。過去数年分の有価証券報告書を訂正。
- 1969年12月1日 資本金を24億円に増資・
- 1969年 コンピュータ導入(第1世代APM)で本格的な番組運行自動化を開始。
1970年代
1980年代
1990年代
- 1990年5月21日 無償新株式(1:0.05)発行。
- 1991年8月1日 1単位の株式数を100株から10株に変更。
- 1991年8月 「第3回世界陸上競技選手権東京大会」のホストブロードキャスターを務め、世界131ヶ国に鮮明な映像・音声を送る。
- 1992年8月28日 開局40周年を記念して、スタジオジブリ制作のマスコットキャラクター「なんだろう」が登場。この「なんだろう」は、日本テレビのシンボルマークとして、企業ロゴが変わった現在でも使用されている(色は日本テレビ、BS日テレ、CS日本、RFラジオ日本のいずれも線の色1色をふち取りしたものとなっている。かつてはBS日テレは2000年12月1日の開局から1992年のなんだろうが登場したときから使われている緑色のものとなっていた。CS★日テレは光り輝く緑色のタイプとなっていた。)。
- 1992年11月6日 SNGデジタル伝送実験局免許取得。氏家齊一郎が社長に就任。
- 1994年 アール・エフ・ラジオ日本の株式を取得し、持分法適用関連会社とする。
- 1994年11月24日 アナログハイビジョン実用化試験局免許取得(BS9チャンネル、アナログハイビジョン実験専用のNHKと民放の合同チャンネル)。第1回「流転の海」他を放送。
- 1995年7月13日 ワイドクリアビジョン本放送開始。
- 1995年 インターネットに日本テレビ公式webページ(http://www.ntv.co.jp/)を開設。
- 1996年4月3日 CSデジタル放送「CS★日テレ」の委託放送業務認定取得、同年8月28日に放送開始。
- 1996年 報道局にNNNニュースチャンネルを設置。「情報番組倫理ガイドライン」完成。
- 1997年2月24日 CSデジタル放送(トライアルサービス)委託放送業務認定取得。
- 1997年 NCN(日本テレビケーブルニュース)の24時間化に際し、チャンネル名を「NNN24」(NTV NONSTOP NEWS24)と改称(2005年12月1日に日テレNEWS24と名称変更)。
- 1998年 照明業務と電源・空調の運用業務を関連会社2社に業務移管。NNN24が本放送を開始。技術展「NAB’98」で国際優秀賞を受賞。BS準備室の新設、ビーエス日本創立総会が開かれる。
- 1999年 キャンペーン「日テレ営業中」がJR東日本ポスターグランプリ’99・駅サインボード部門《金賞》受賞。視聴者と直接意見の交流、「日テレ式フォーラム」開催(民放初の試み)。小林與三次本社取締役会長が死去。
2000年代
- 2000年 汐留新社屋建設工事地鎮祭。インターネット事業会社「フォアキャスト・コミュニケーションズ」設立。日本データ放送株式会社(略称NDB・BSの940ch)設立。視聴者と直接意見の交流、日テレ「フォーラム2」開催、視聴者とテレビの信頼回復を目指す。CS準備室開設。NTT-ME、NTT東日本とともに、テレビ番組、アニメなどの映像コンテンツをインターネット上で流通させるための市場、B-Bat構想を発表。高木盛久本社最高顧問・元社長が死去。ライブハウス「SHIBUYA-AX」オープン、Dragon Ashがこけら落しを務めた。
- 2000年12月1日 午前11時、系列のBSデジタル放送「BS日テレ」(デジタルBS4ch)放送開始。
- 2001年 株式会社シーエス日本創立総会開催、21世紀型高機能放送発進。創業以来の大機構改革構想発表、CEO・COO制の導入、取締役会、執行役員会の二本柱で新しい経営体制の下、新世紀の活動をスタート。氏家齊一郎代表取締役社長が代表取締役会長兼グループCEO、間部耕苹専務取締役が代表取締役副会長兼グループEO、萩原敏雄専務取締役が代表取締役社長兼COOにそれぞれ昇格。BS日テレ新聞広告が読売広告大賞で金賞受賞。「NNNニュースダッシュ」のリアルタイム字幕放送を開始(BS日テレは2004年10月から)。
- 2001年9月28日 「ズームイン!!朝!」終了 (後番組は 「ズームイン!!SUPER」)。
- 2001年9月30日 開局以来、同局の放送開始、終了又は1日の起点時間に放送する「鳩の休日」を諸事情により休止。
- 2003年7月 CIを導入。通称名を「日本テレビ」「NTV」から「日テレ」「NIPPON TELEVISION」へと変更、ロゴマークも「なんだろう」を継承するも、そのデザインも含め一新された。略称「NTV」の国内での使用も中止(但し、海外向けには「NTV」の使用を継続、ロゴも「日テレ」の部分に「日テレ」と同様の書体で「NTV」と表記)し、国内での対外愛称は「日テレ」に統一、CI導入当初はクレジットに「製作著作 日本テレビ「日テレ(ロゴ)」と混乱防止の為に表記していたが、2005年10月より「製作著作「日テレ(ロゴ)」という表記になり、新ロゴへの移行をほぼ完了した(ぐるぐるナインティナイン、あなたと日テレなどごく一部の番組は「製作著作 日本テレビ「日テレ(ロゴ)」の表記が残っていたが、後述の「日テレ55」表記化にともない現在は完全消滅された。 なぜか、2006年にスタートしたアニメ『DEATHNOTE』のクレジットは日テレロゴの上に日本テレビという表記になっている)。ただ、BS日テレ(2008年3月末まで)・CS日本の社名ロゴは、従来の日本テレビの社名ロゴがそのまま踏襲されている。また、番組表等業務目的の略称としての「NTV」は引き続き使用されている。なお、2008年1月1日から「なんだろう」が消滅し「日テレ55」のクレジット表記(ロゴの色は「日テレ」部分は青、「55」部分は黒)に変更された。これは、2008年8月28日に開局満55周年を迎えるためで、1年間の限定使用となる予定。但し、東京ドームにある第2放送席の背後に書かれているロゴは、前代のロゴのままである。
- 2003年10月25日 同局プロデューサーによる視聴率不正操作が発覚。翌月18日、取締役会において代表取締役3名の自主的降格および自主的役員報酬返上が承認される。これにより氏家齊一郎会長がグループCEO辞任、間部耕苹副会長がグループEO辞任・代表取締役社長へ降格、萩原敏雄社長が代表取締役副社長へ降格。
- 2003年12月1日 午前11時、地上デジタルテレビジョン放送を開始。
- 2004年2月29日 開局50年を機に放送センター・本社スタジオ機能が汐留に移転。地上デジタルテレビジョン放送・BSデジタル・CSデジタルを問わず全ての放送メディアにおいて、生放送のほとんど全ての番組がハイビジョン制作になる。同時にCS放送「NNN24」についてもハイビジョン制作率を大幅に拡大(汐留移転前はスタジオ内映像のみハイビジョンだったが、移転後はスタジオ内映像の他、社屋屋上のお天気カメラ〈麹町旧社屋など既存の設置地点でも一部HD化〉、お天気情報などのCG画像、一部のニュース素材、月1回放送の「ディリープラネット金曜発言中」もハイビジョン化された)。NNN24のハイビジョン制作の映像は、地上デジタル放送とBS日テレで見る事ができる。同時にアナログ・デジタル統合マスター(NEC製)の運用を開始。生テロップのフォントも変更。なお、汐留新社屋移転後も麹町の旧社屋は麹町分室として継続運用される。これにより、番組の送出マスターは地上波が汐留新社屋、BS・CSの衛星放送は麹町分室からの送出体制となった。
- 2004年11月5日 読売新聞グループ本社がマスコミ集中排除原則により、歴史的に第三者名義で実質保有してきた日本テレビ株につき、有価証券報告書を同グループ名義へと訂正、同社株は一時「監理ポスト」に割り当てられた(同年11月22日まで)。
- 2005年6月29日 間部耕苹代表取締役社長が代表取締役相談役に、久保伸太郎が代表取締役社長に就任。
- 2005年10月27日深夜 インターネットを利用したビデオ・オン・デマンドサイト「第2日本テレビ」がオープン。
- 2005年12月1日 「NNN24」を「日テレNEWS24」に名称変更。
- 2006年3月1日 「G+ SPORTS&NEWS」を「日テレG+」に名称変更(ロゴマークは変更なし)。
- 2006年4月1日 地上デジタルワンセグの本放送を開始。
- 2006年4月3日 サービスエリアである関東地区内の報道取材がほとんどハイビジョン化される。
- 2006年4月12日 ポッドキャスティングでの動画配信に参入。
- 2006年9月29日 全民放中の最長寿番組「NNNきょうの出来事」が終了し、52年の歴史に幕。 (後番組は「NEWS ZERO」)
- 2007年4月2日 日本テレビの制作子会社4社の事業再編を実施、統括持株会社「日テレ・グループ・ホールディングス」と技術・制作・イベント・美術の4事業会社によるグループ体制を開始。
- 2008年4月1日 2001年9月30日まで、同局の放送開始、終了又は1日の起点時間に放送していた「鳩の休日」が、CG使用の15秒ショートヴァージョンで新たに復活する(地上波デジタル用はハイビジョン制作として初登場する)。
開局当日の編成(1953年8月28日)
- 11:20放送開始 「開局記念式典」の実況中継
- 11:50 祝賀舞踊「寿式三番叟」
- 12:00に本来なら精工舎のコマーシャル第1号が放映される予定だったが、フィルムを裏から写してしまい放送できなかった。この時のエピソードは、
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