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マッコウクジラ
龍涎香(りゅうぜんこう)
マッコウクジラ(Physeter macrocephalus、抹香鯨)は、クジラ目-ハクジラ亜目-マッコウクジラ科に属する海生哺乳類(最新分類法については「#分類」参照)。 マッコウクジラ科はマッコウクジラの1属1種で構成される。シノニム(異名)に Physeter catodon がある。 ハクジラ類の中で最も大きく、歯のある動物では世界最大。 その質量から現在知られる限りで史上最大の肉食動物[2]であるとも言える。 巨大な頭部とその形状が特徴的。
[編集] 呼称[編集] 学名属名(ラテン語) Physeter (フィセテル[3])は、元々は「空気を蓄え吹き出す機構を持つ皮袋」、すなわち「鞴(ふいご)」の意味で用いていたと推定される語 φυσητηρ (physeter)が、「(ワインなどの液体を入れる)皮袋」の意味にも用いられるようになっていた古代のギリシア語で、同じようにして潮(液体か気体)を噴き出すクジラの生態をそれになぞらえ、アリストテレスをして「(クジラ・イルカの)呼吸孔」の意味で使い始めたことに由来するとされる(別項「クジラ学」も参照)。 クジラの中でもマックウクジラは目立つかたちで前方に潮を噴き出すことで知られているためか、属名に冠されることとなり、「水を噴き出す(道具のように潮を吹く)もの」との意味合いで命名されたと考えられる。 なお、アリストテレスが名づけた「呼吸孔」は「噴水管」とも和訳されるため、Physeter の由来を「噴水」とすることもある。 種小名 macrocephalus (マクロケファルス[4])は本種の頭部が巨大であることに由来。 ギリシア語 μάκρος (makros、(マクロス、「大」の意))と κεφαλή (kephale、ケファレー、(「頭」の意))を語源とするラテン語の合成で、「macro- (大きな) + cephalus (頭を持つもの)」を意味する。 [編集] 和名と香料和名「マッコウクジラ」の漢字表記は「抹香鯨」であるが、これは香木の名に由来がある。 古代からアラビア商人が取り扱い、洋の東西を問わず珍重されてきた品に、香料であり医薬でも媚薬でもある龍涎香というものがあったが、それは海岸に打ち寄せられたり海に漂っているものを偶然に頼って見つけ出す以外、手に入れる方法が無かった。 しかしその実、この香料の正体はマッコウクジラの腸内でごく稀(まれ)に形成されることがあり、自然に排泄されることもあった結石であったので、捕鯨が盛んに行われる時代に入ると狩ったマッコウクジラから直接採り出すことが可能になった。 この、マッコウクジラの「龍涎香」が、香木の一種である抹香(まっこう)に似た香りを持っていることから、近代日本の博物学では中国語名「抹香鯨」に倣(なら)って「抹香(のような龍涎香を体内に持つ)鯨」との意味合いで呼ばれ、そのまま生物学名として定着したものである。 [編集] 英語名と油脂英語名 sperm whale の原義は、「精液くじら」あるいは「精液(のような液体である鯨蝋が採れる)鯨」である(「#鯨蝋」の節を参照)。別名に Cachalot (カチャロット)があり、これはアメリカ海軍の艦名にもなっている(別項「潜水艦カシャロット」を参照)。 [編集] 分類分子系統学的知見を入れた最新の分類法では、クジラ類(クジラ目、鯨目)は偶蹄類(偶蹄目)とともに鯨偶蹄目の下位分類となるが、目下のところ鯨偶蹄目は再構成の過渡期にあって煩雑さは否めない。 よって、本項では難読性と混乱を避ける意図をもって伝統的分類に基づいた記述をしている。 本項の分類に関する内容は鯨偶蹄目の再構成が整い次第改訂されるものである。 なお、右上に表示のテンプレートでは、未整理の状況をそのままに最新の分類法による階級区分を可能な限り(クジラ目の前後を重点的に)書き表した。 マッコウクジラは、コマッコウ科コマッコウ属のコマッコウ(Kogia breviceps)、オガワコマッコウ(Kogia sima)とは近縁であり、様々な分類法がある。
[編集] マッコウクジラ科 Physeteridae
[編集] 形態本種は全てのクジラ類の中で最も大きな性差をもつ。標準的なオスの体長は約16- 18mであり(長さの比較資料:1 E1 m)、メスの約12- 14mと比べて30~50%も大きく、体重はオス50t に対しメス25t と、ほぼ 2倍の差異がある。なお、誕生時は雌雄いずれも体長約4m、体重 1t 程度である。ハクジラの中では最大種であり、成長したオスには体長が20mを越えるものもいる。 本種を特徴づける著しく肥大化した頭部は、その長さがオスで体長の3分の1に達する。これは、クジラ類の中でも例外的に巨大である。脳は、おそらく全ての動物の中でも最大・最重量であり、成体のオスでは平均 7kg に達するが、身体サイズに比べれば決して大きな脳を持つとは言えない。 背中の色は一様に灰色だが、日光の下では褐色に見えるかもしれない。背中の皮膚は通常凸凹(でこぼこ)で、他の大きなクジラのほとんどが滑らかな皮膚をしているのとは対照的であり、ホエールウォッチャーはこの背中の様子をプルーンに喩える。 噴気孔(呼吸孔、鼻孔)の位置は頭部正面に集中しており、遊泳方向に向かって左側にずれている。そのため、潮吹きは前方に向かった特徴的なものとなる。背鰭(せびれ)は背骨に沿って前から3分の2の場所に位置し、通常は短い二等辺三角形の形状をしている。尾は三角形で非常に厚い。クジラが深い潜水を始める前には、尾は水面から非常に高く引き上げられる。 [編集] 生態[編集] 分布北極から南極まで世界規模で分布しており、深海沖に最も多くが生息している。社会的単位は安定していて、雌と子は部分的に母系の集団で暮らす。オスは高緯度の寒流域にも進出するが、メスと子は暖流域の外に出ることは滅多にはない。 [編集] 歯と食性下顎(したあご)に20~26対の円錐形の歯を有する。それぞれの歯は約1kgもの重量を持っている。ヤリイカやダイオウイカなど食性の95%はイカ類であり、スケソウダラやメヌケを含む魚類はわずか 5%に過ぎないといわれるが、丸呑みが可能なイカ類を食べるために歯は不要と考えられており、本種が歯を備えている理由ははっきりとは分かっていない。歯を持たないにもかかわらず健康に太った野生の個体も、実際に観察されている。現在では、同種のオス同士で争う際に歯が使用されるのではないかと考えられている。この仮説は、歯が円錐形で広い間隔を空けて配置されている理由も説明できる。上顎の中にも未発達の歯が存在するが、口腔内まで出てくることはまれである。似た食性を持つハナゴンドウが、マッコウクジラと同じく下顎にのみ歯が有していることに、紐解くべき糸口があるかもしれない(この種はマイルカ科に属すが、多くの部分でマッコウクジラと酷似している)。 近年の研究により、子を海面に残したまま深海へ獲物を獲りにいった親が、捕らえた獲物を子の餌としてくわえたまま持ち帰る姿が確認されている。映像に収められているものはダイオウイカで、一匹丸ごとではなく、一部だけを持ち帰ってきた。これにより、歯の存在理由が獲物をかみ切ること、深海から海面へ運ぶときの滑り止めなどとしての仮説も出てきた。 [編集] 子育て本種は家族の絆がとても強い。子は生まれてすぐには深海に潜ることができない。母親は子が深海へ潜ることができるようにするため、しばしば訓練をするが、子がなかなか潜ろうとしない場合は母乳を飲ませながら潜る。最近の研究では頻繁に深海と海面を行き来することが分かっている。 [編集] 潜水また、その生涯の3分の2を深海で過ごす。軽く2,000mは潜ることができ、集団で狩りをすると考えられている。光の届かない深海においてはイルカ等に代表される反響定位(エコーロケーション)を用いている。家族同士での会話にも音を利用していると考えられている。 本種の潜水能力はクジラの中で群を抜いている。ヒゲクジラ類の潜水深度は200- 300m程度とされるが、最近の研究によって、マッコウクジラの場合は、全身の筋肉に酸素を蓄えることが可能であるため 1時間もの間を呼吸することなく潜っていられることが明らかとなった。通常では、息継ぎをするために水面に上がるまでの20分ほどの間、約1,000m近くの深海に潜って捕食などの活動を行っていることが分かっている。 また、3,000mを潜ったとする記録もあり(長さの比較資料:1 E3 m)、深海層での原子力潜水艦との衝突事故や、海底ケーブルに引っかかって溺死したと見られる死骸の発見などの実例が、この記録を裏づける。マッコウクジラと衝突した原子力潜水艦がその船体を破損させることはないが、船がヨットや木造船であった場合には多大な損傷をこうむることが予想される。
ダイオウイカによって刻み付けられた吸盤の傷あとが残るマッコウクジラの皮膚。イカの吸盤には硬いノコギリ状の歯が付いており、マッコウクジラは獲物として捕らえながらもこのような傷を負う。
[編集] 深海への適応マッコウクジラは、ハクジラの中でも特殊な深海潜行型として高度に進化適応を遂げた種である。この進化がどのような条件下で引き起こされたものであるかについては未だ詳らかにされないものの、彼らの祖先にあたるクジラが、他の大小多様なハクジラ類や大型サメ類との浅海域での生存競争に敗れ、食いはぐれての結果的選択であるとの推論は成り立つ。そのような動物も他所に活路を見出して、その上で新たな環境への的確な適応を遂げられた場合に限って、新しい種として子孫の残し、進化を次の段階へ進めていくことが可能となる。しかしまた、優勢種であるがためにその一部がより貪欲に分布域を拡大していくうちに、いつしか異なる形質を獲得していき、遂には別の種として分化した、との考え方もあり得る。いずれにしても、彼らの祖先は、何らかの条件の下でクジラ類にとっては未踏の海域であった深海という環境に挑み、長い時間をかけて現在の高度に適応したマッコウクジラの形質を獲得していったものであろう。ダイオウイカ等の巨大無脊椎動物の生息によって深海という環境の生物量が決して貧しくはないことが、彼らの祖先の進化を下支えしつつ促したことに疑いの余地は無い。ハクジラ類が持っている反響定位の能力も深海にあって大いに威力を発揮し、彼らを優勢種に押し上げている。 [編集] 繁殖と寿命本種は低い出生率と遅い成熟と長命を獲得している。メスは4歳から6歳で成熟し、メスの妊娠期間は少なくとも12か月、最長で18か月。そして、子育ては2~3年続く。マッコウクジラの家族は、母系家族でメスが中心となる。オスは単独行動を執る。オスの繁殖適齢期は10歳ごろから20歳ごろまでの約10年間続き、40歳を超えても成長は止まらず、約50歳で最大に達する。また、出産は5年に一度しか行わない。 [編集] 天敵人間のほかには、シャチを自然界唯一の(狭義の)天敵としており、若い個体とメスはしばしばシャチの餌食になる。シャチの存在に気づくと近接されないうちに高速で逃げ去ったり深海に潜ったりして回避するマッコウクジラであるが、子育て中の群れはそれができずに危険な状態に追い込まれる。メスでも成体であればその尾鰭の一撃には相当な破壊力があり、シャチにしても容易く仕留められる相手ではない。そのため、メスは若い個体をかばうように泳ぎつつ反撃を試みるが、それでも守りきれないことが多い。また、大きなシャチであればメス自体が獲物にされてしまうこともある。しかし、オスの成体は別物である。体が大きく攻撃的なので、尾の一撃によってシャチを返り討ちにし、ときに殺すことさえある(ただ、自ら襲うことは無いと考えられる)。よって、オスに限っては人間以外の天敵を持たない。 [編集] 鯨蝋鯨蝋(げいろう)とは頭部から採取される白濁色の物質(脳油)の別名である。脳油は精液に似ているため、精液と誤解されていたことがあり、英語では spermaceti (原義:「鯨-精液」)と呼ばれている。英名の sperm whale はこのことに由来する。 鯨蝋(脳油)は、マッコウクジラの体温下では液状であるが、約25℃で凝固することが知られている。鯨類学者クラークはこの性質に着目し、潜水の際には鼻から海水を吸い込み冷やすことで脳油を固化させ比重を高め、浮上の際には海水を吐き出し血液を流し温めることで液化させ比重を小さくすることで、急速な潜水および浮上を可能にしているという説を唱えている。潜水・浮上はほぼ垂直に、かつ、急速に行われることが確認されているが、潜水病に陥ることが無いことも確認されている。 なお、深海での狩りに鯨蝋が用いられているとの説がある。 鯨蝋を増幅器官として生み出した超音波を、シャチやイルカ類が狩りで見せるのと同じように頭部から発し、光の届かない深海の闇でソナーのように拡散させて獲物を探索。 そうして見つけ出したイカなどの獲物に、今度は一転、高い指向性を持った強力な音波を放つことで失神あるいは麻痺に陥らせ、捕らえるとするのであるが、これはまだ確かめられたわけではない。 [編集] 捕鯨鯨蝋は高級蝋燭や石鹸の原料、灯油、機械油として利用された。特に精密機械の潤滑油としては代替品が無く、1970年代まで需要があった。かつてはこの鯨蝋を目的に大量のマッコウクジラが乱獲された。 特に米国では18世紀から19世紀にかけて盛んにマッコウクジラを捕獲した。米国が日本に開国を迫った理由の一つに捕鯨船の中継基地の設置が挙げられるが、アメリカ大陸近海のマッコウクジラを捕り尽くし、日本に近い西太平洋地域に同じマッコウクジラの大規模な群れがあるのを発見してのことである。今でも同海域には数万頭のマッコウクジラがいるといわれる。 [編集] 文化的側面[編集] 子供とマッコウクジラ真っ黒で頭でっかちの大きなクジラ。謎とロマンに溢れる深海で巨大なイカと闘う格好いいクジラ。 ──子供たちにとってのマッコウクジラのイメージは、そのようなところであろうか。 いずれにしても、独特の印象を持って脳裏に刻まれるクジラの一つではあろう。 特に深海での巨大イカとの闘いは、サービス精神(もしくは営利主義)に過ぎる雑誌や図鑑の編集者により、まるで怪獣同士の戦いと変わりない不必要に劇的な描写をされることが、昔であればあるほどよくあった。 本来、餌であるはずのダイオウイカを“好敵手”であるかのように解説する酷いものも数多く出回った。 しかし、言うまでもなく彼らは怪獣ではなく、ダイオウイカはマッコウクジラの好敵手ではない。 そのことは正しく伝えられるべきであり、深海が謎とロマンに溢れる未知の世界であることが科学的実情に基づいて語られるべきであった。 現代の社会では、さすがに、そこまで粗雑に過ぎる情報は淘汰(とうた)されよう。 果たしてマッコウクジラの生態はどれほど正確に伝えられるようになったであろうか。 [編集] フィクション
マッコウクジラを題材とした創作物として最も著名なものはハーマン・メルヴィルの小説『白鯨』であり、そこに登場するクジラ「モビー=ディック」であろう。 また、この白鯨としてのマッコウクジラは、二次創作物的なかたちをとって多くの娯楽作品(映画、漫画、アニメ、ゲーム等)に登場している(それについては「白鯨」本項が詳しいので参照のこと)。
白鯨ではないマッコウクジラは、それほど多くの創作物で大きく[5]扱われてこなかったようであるが、それでも以下の作品を挙げられよう。一つは生物としての本種と人間の関わりを描き、一つは発想の原点として本種の存在感を活かそうとしている。 [編集] 愛称[編集] その他の関連事項
[編集] 脚注
[編集] 関連項目
[編集] 参考文献
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