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ポール・デュカス
ポール・アブラアム・デュカス(Paul Abraham Dukas, 1865年10月1日 - 1935年5月17日)はフランスのクラシック音楽の作曲家。
[編集] 経歴
デュカスは孤独を愛し、作品は完璧を目指す為、1年に1作あるいは、「アリアーヌ」のように10年を要したものもあった。1920年代には大半の作品を破棄してしまった。今日残るのは13曲位と言われる。同世代のドビュッシー(1862-1918)とは親しく交際していた。作曲家の弟子としてはオリヴィエ・メシアン(Olivier Messiaen)がおり、彼に与えた助言「鳥の声を聞きたまえ」は、メシアンのその後の作曲の根本的な言語の一つとなった。
[編集] 作曲年と作品
- 管弦楽曲
- 1883年 序曲「リア王」(le Roi Lear, ouverture) 現存せず。近年に序曲のみ発見され1995年に初演された。
- 1884年 序曲「ゲッツ・フォン・ベルリヒンゲン」((Götz von Berlichingen, ouverture)
- 1891年 序曲「ポリュクト」(Poleucte, ouverture) 序曲のみ現存か。
- 1896年 交響曲ハ長調(Symphonie en ut)
- 1897年 交響的スケルツォ「魔法使いの弟子」(L'Apprenti sorcier, scherzo symphonique)
- 1911年 バレエ曲「ラ・ペリ」(La Péri, poème dansé pour orchestre)
- 1912年 「ペリ」へのファンファーレ(金管楽器のみの編成。上記バレエ音楽の初演のために追加された音楽であり、バレエ音楽演奏時には同時に演奏されることが多い。ファンファーレ単独で演奏されることも多い。)
- 室内楽曲
- 1924年 ホルンとピアノの為のヴィラネル(田園詩)(Villanelle, pour cor et Piano)パリ音楽院の入学の為の課題曲として作曲されたもの。
- ピアノ曲
- 1901年 ピアノソナタ変ホ短調(la Sonate en mi bémol minore)
- 1903年 ラモーの主題による変奏曲・間奏曲・フィナーレ(Variation, Interlude et Finale sur un thème de Ramaeu)
- 1909年 ハイドンの名による悲歌的前奏曲(Prélude élégiaque sur le nom de Haydn)
- 1920年 牧神の遥かな嘆き(ドビュッシーを追憶)La Plainte au loin du Faune (en memoire de Debussy)
- 声楽曲
- 1907年 オペラ「アリアーヌと青ひげ」(Ariane et Barbe-Bleue, opéra)
- 1909年 ヴォカリーズ(Vocalise, pour voix et piano)
- 1924年 ロンサールのソネット(Sonnet de Ronsard)詩人のピエール・ド・ロンサール生誕400周年記念のための作品。
- カンタータ「太陽の賛歌」(Cantata Hymne au soleil)
[編集] 苗字の発音について
1955年には、Dukas一族の友人からBBCの発音担当部署に「Paul Dukas自身がsを発音していた」と証言があったが[1]、仏語での読み方にデュカ[dyka]とデュカース[dyka:s]の両方があり、日本語でどう呼ぶべきかも意見が分かれる。
[編集] 教え子
[編集] 外部リンク
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