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アラゴン州
アラゴン州(スペイン語、アラゴン語:Aragón、カタルーニャ語:Aragó)は、スペインを構成する自治州の一つである。スペインの北東部に位置し、北はフランス、東はカタルーニャ州、南はバレンシア州、西はカスティーリャ・ラ・マンチャ州、カスティーリャ・レオン州、ラ・リオハ州、ナバラ州と接している。州都は、サラゴサ。
[編集] 地理州の北部にはピレネー山脈がそびえる。山脈の中で最も急峻な地域となっており、山脈の最高峰であるアネト山(en、3,404m)やペルディド山(3,355m)がある。山脈沿いには美しい風景を保った多くの谷が残されている。また、オルデサ・イ・モンテ・ペルディド国立公園(en)がある。 州の中央部は西から東にエブロ川が流れ、標高の低い地域となっている。州都のサラゴサはエブロ川沿いに建てられている。 州の南部も標高の高い山地となっており、スペインの中で最も人口密度の低い地域の一つである。この山地はイベリア山地(en)と呼ばれ、エブロ川流域とスペインの中央平原を隔て、両地域の気候の違いに影響を与えている。 [編集] 歴史詳細はアラゴン王国を参照。 8世紀にイスラム勢力がイベリア半島を征服すると、フランク王国はピレネー山中に多くの伯領からなる辺境領(en:Marca Hispanica)を置き、緩衝地帯とした。現在のアラゴン州に含まれる地域にはハカ(アラゴン)、ソブラルベ、リバゴルサの伯領があった。11世紀にナバラ王サンチョ3世はカスティーリャからこの3伯領に至る大王国を築いたが、その死後に領土は分割され、1035年にラミロ1世を王とするアラゴン王国が成立し、ソブラルベとリバゴルサを併合した。 1137年、アラゴン王女とバルセロナ伯の結婚によって、アラゴンとカタルーニャは同君連合となった。これ以降カタルーニャもまとめて「アラゴン王国」と呼ばれるが、2つの地域では法制度や議会は別のままであった。今日では「カタルーニャ・アラゴン連合王国」とも呼ばれる。連合王国は13世紀のハイメ1世の時代にバレアレス諸島とバレンシアを征服し、シチリア島、ナポリ、サルデーニャ島も領有して地中海帝国を築いた。 アラゴン王国のフェルナンド2世とカスティーリャ王国のイサベル1世の結婚によって、1479年にカスティーリャ王国とアラゴン王国も同君連合となった。これにより「スペイン王国」が成立したとされるが、やはり法制度や議会は別のままで、歴代のスペイン王は肩書を「カスティーリャ王、アラゴン王、バルセロナ伯、……」のように名乗った。カタルーニャとアラゴンがカスティーリャの法制度に組み込まれ始めるのは、スペイン継承戦争以降である。 1978年のスペイン新憲法成立後、1982年8月16日にアラゴンの自治憲章が発効し、かつてのアラゴン王国(カタルーニャを除く)の領域にアラゴン自治州が成立した。 [編集] 言語公用語はカスティーリャ語(スペイン語)だが、北部のピレネー山脈沿いではアラゴン語も話されている。アラゴン語はカスティーリャ語のアラゴン方言とは異なるもので、カスティーリャ語と同じくらい古い起源を持つロマンス語の一種である。また、カタルーニャ州に隣接している地域では、カタルーニャ語も話されている。 [編集] 県と都市アラゴン州は、北から順に次の3県で構成される。 州の人口の約半分は、サラゴサ(人口66万)に住んでいる。この3県は、さらに33のコマルカ(郡、県と市町村の間の自治体)で構成される。 [編集] 世界遺産州内には、ユネスコの世界遺産に登録された物件が3件(他州、他国との共同含む)ある。
[編集] ギャラリー[編集] 参考文献
[編集] 外部リンク
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